創作文章 獏の骨 

散文、詩、日常独白雑想

早朝の告解

 

 


ゴミかと思って手を伸ばしたらそれは暁光を受けて輝く一輪の花であった、美しいものと醜いものは時としてよく似ているといくら自分に言い聞かせてみても嫌になる、賛美すべき自然を汚らわしいものと間違えるなんて、頭の中が自らの雑言まみれにならないように慣れ親しんだ祈りの文言を唱える、主イエスキリスト神の子よ我罪びとなり憐れみたまえ…あああれは花だろうかと思って目を凝らすと今度は犬の汚物を包んだポリ袋がわざとらしく捨ててあるのを仕方なしに手に取る、見知らずの誰かの家への嫌がらせだろうか?あるいは私への当てつけだろうか?犬への嫌悪感が否応なしに増してゆくのを祈りの文言を唱えて鎮める…我罪びとなり憐れみたまえ、プラスチックプラスチックプラスチック、拾っている間は一種の禅状態で頭の中は祈りの言葉だけになる、風が凪いで白鷺が舞う、アオサギは私を見知ったらしく身じろぎもしない、自分と地面とが唐突に一体化し、意識だけが水晶と見紛う水の面を走る、主イエスキリスト神の子よ、私は寂しいと思ったことが実のところありませんと内々に告白する、私は本当の事を言いますと山奥で自分ひとりで自給自足をして生きていたいのです、でも判りますでしょう私は弱い、それに実際は田舎へ行けば行くほどに人ともたらす威力は否応なしに増す、一人でなんか生きてゆけるはずがないのをわかっているのです、この身体では他の人の助けなしには食物を得ることも出来ません、脚もいつものように痛みを感じているが尚も思う、多種多様な差別、殊にアジア人に対するヘイトクライム事件を思い、我々が被差別民族だという最大のタブーだけをひた隠しにする島国根性を思うとああ本当は、無人島どころか人間なんか一人も居やしない世界に行きたいのです、この無力感が私を苛むのでしょうか?空き缶を拾って川面に投げ入れられた弁当箱を掬う、水しぶきが上がるが尚もアオサギは動じない、私も彼の事を煩わせぬようにそそくさと岸辺に上がる、この文言は本で知りましたと私は告解を続ける、聖母マリアを讃える詩は胎内の御子という文言が私を責め苛むので唱えられないのです、かといって感動しないお経を心のうちにあげる気にはなりません、朝の光が周囲一帯を赤々と照らし出す、果たして自分が唱えても許される文言というのは一体何であろうか?いや、そのようなものは無いのではないか?唐突に感じた強烈な疎外感に飲まれないうちに次のゴミへと手を伸ばす、これこそが寂しさというものだろうか…と其処に白く光り輝くものが目に入る、こんな風に異様に輝いている物が自然物の筈はない…しかしまたもや、それは暁光を受けて輝く美しい一輪の花であるのだった。