創作文章 獏の骨 

散文、詩、日常独白雑想

【短編小説】モグラ男   ※たのしい怪奇小説

 

 

人体が果たして土中に於いてどこまで耐え得るかを僕はともかくその男自身知らなかったみたいだ、大柄な体格にも似合わず彼の人生のはじめは暗いものでいつも学友から逃れて花壇の土をいじって遊んでいたという…転機が訪れたのは修学旅行中に誤って鍾乳洞へ落ちたことだった、湿って滑りやすくなっていたそこは地獄を連想させた、警告ロープを気付くと超えていて古の防空壕を通り過ぎ根の国へ、そのまま生命の境までもを超えるかと思われたが難なく救い出された、彼は2メートル近い体躯を屈めて暗闇の中で静かに至福を感じていたらしい、『俺は地上に居るべきじゃない、地中を泳ぎたいんだ』この発言から彼のあだ名はモグラ男となった、かくしてモグラ男は地中を泳ぐ事となった。

 

はじめのうちは山林で脇道に逸れ、土のむき出しになった所に手近な穴は無いかと探し回る日々が続いた、鍾乳洞にまた落ちてみればいいんじゃないかと提案したが鍾乳洞というのは案外どこも観光化されていて、人目のある所で敢えて危険行為をする気にはなれないというもっともらしい返答を受けた、地面に空いた人間大の穴ぼこに潜るという行為を山中でやるのは意外なほど簡単らしく、モグラ男が登山用の服装で潜ってゆくその間こちらは彼がヘルメットに取り付けた懐中電灯の灯りが見えなくなるまで穴の中を覗き込んで地上から地底へと送り出したものだった、普通の人間ならまず考えつかないであろうこの種の…彼曰く『素潜り』を待つ間中ずっと、もしかしたら彼はもう地上に戻ってこないのかもしれないという疑心に憑りつかれた、それどころか人の気配のまるで消えた山中、それも通常ルートから外れた場所で一人モグラ男を待つなどというのは正気の沙汰ではないような気もした、懐中電灯の灯りがいよいよ見えなくなると途端に僕は思った、モグラ男などという人物はこの世に存在しなかった、僕は妄想世界の友人を待ってる基地外の男なのではないか、彼が戻らなかったとして捜索隊を呼んでこの全く自然そのものの土中の洞を指して「この中に友人が入っていったんです、そいつは少年時代からずっとこんな調子で、自然に生じた穴に自らを入れこまないと気の済まない人間で、要するに平たく言うと変態なんです」等と言って話が通じるものだろうか?これをYouTubeで撮影してるとかいう利己的な目的のための代償行為であるというのなら、信じてもらえるかもしれない…しかし利己利益無しの純粋な代償行為などというものを喜んで実行する変人奇人の類の行動を誰が理解できるだろうか?

 

『これは大地と俺のセックスなんだ』いよいよ言ってることがおかしい、変わった奴だとは思っていたが…『地底に潜っている間土と土の間で俺は…』いや、密に聞きたくないわそれはいい、僕が制したところモグラ男は陰気に笑って続けた『バイクに乗ってるとき、あのエクスタシーに似てるんだよ』ああそっかーバイクかー…うんでもお前バイク乗らないよね?乗ったことないよね?…疑いの眼差しを彼に送りつつ、ともかくよかった具体的な話じゃなくてと僕が安堵していると『バイクってのは風と風の間の異物になりきる感覚があるんだ、その時俺は全身ちんこ野郎だよ、つまり土の中に潜ってるときもそうだ、土は風よりも…』そう言って奴は人生未乗車のバイク講話をさりげなくやめ、代わりに何やら五大要素の話をし始めたが僕は飯が不味くなる気がしたので聞き流した、あのなあお前が戻るまでハラハラしながら待ってたんだぞ、捜索隊を呼ぶ羽目になったら何て説明しようかまで考えていたんだぞと僕が言うとモグラ男は、道の駅で買い込んだおでんを頬張りながら頷いた、山の風は冷たいが山道を出て駐車場まで来た時には命拾いしたと毎回思う、それにしてもこいつはよく食う『俺は上で人が待っててくれるから戻ろうと思えるんだ、さっきの穴は良かったよ、下まで行ったら開けてて、ライトで照らしたら水が溜まってた』ぎゃああそれ地底湖じゃねえ?なんでお前そういうの大丈夫なんだよ巨大貯水槽とか考えるだけで気味が悪い『神秘だよ、子宮に戻ったみたいな感じがする』…こいつの母親は死んでいる、太陽の光が紅色を帯びて一帯を照らし遠くに見えるダムを赤く光らせる、そろそろ帰るか、というかこれ自殺じゃねえよな?自殺ほう助しにきてるんじゃないよな僕?『死ぬどころか』モグラ男は立ち上がって伸びをした、特に両肩の筋肉が半端ない、『生きに来てるんだ』

 

『土ともっと密着したいんだ』そんなコンドームのCMみたいな要望を叶えるためにモグラ男はダイビングスーツを着込んで山中の洞窟やらただの穴へ素潜りを繰り返した…時にそれは野生動物の住処であった…彼流に言うと『逢瀬』しに、毎週のように山へ入った、気に入った穴があればその全長を確かめるべく早朝から潜り込み、時に酸素ボンベまで担いで飽くなき探索をした、『自然の穴ってのはガスが漏れてることがある』らしい危なさ過ぎだろそれ、しかしいい加減こっちも仕事や女に割く時間も要るようになってきていつしか穴探索について行かなくなってしまった、ああいうのは自分の若さに気付かないくらい若いころだからこそ男二人で楽しめるままごとみたいなもんなんだ、男同士が一番テンション高いってのは僕らも立派なホモソーシャル的人間関係を築いていたってことの証明だ、でもこれってだんだん薄れてくよなあなんて考えだした時には友情ってのはもっと穏やかな、薄めためんつゆみたいな状態になる、凝縮味噌から薄めんつゆおよびポン酢へと変化したモグラ男との関係を思うと僕は、もう少し彼に付き合っていても面白かったんじゃないかと悔やまれる、彼と僕との親和性は山や森という自然大好き心理によって育まれていたが相違点としては穴への興味が異なっていたことだ、モグラ男は生粋の変態で、穴と言えば人の管理下に無い穴場の鍾乳洞だとか洞窟や人間には理解不能の土中に穿たれた妙な穴に限られていた一方で僕は至って平凡な興味である女の穴のほうを選んでいたというわけだ、いつだったかモグラ男は僕に言った『食い散らかしてるらしいな』その言葉は羨望というよりも哀れみを帯びていた、ともすると見下していると言ってもよかった、『俺もいろんな種類の穴を制覇したいと思ってるから、お前の事はわからんでもない』全然ちげえよと返したかったがなんだか言葉が出なかった、今思うとあれが彼と疎遠になる要因だったのかもしれない、数年ぶりにモグラ男から連絡が来て僕は懐かしくてたまらなくなってしまった、しかし僕とは打って変わって彼の方は深刻そうにしていた『俺の話を信じるか?』

 

山奥の発電所で働き休みになると穴探しに出かけるという変態ライフを確立したモグラ男は未だに女と縁がなかった、まあいんじゃね?それって結構すげえよ男としてむしろちょっと憧れると僕が請け合うとモグラ男は首を振った、どんな変態であれ一応は人間の雄なのだから身体の余った凸を凹に差し込みたいはずだ女を、雌様を紹介してほしいのだろうかこの僕に、女の知り合いの(モグラ男と比べればかなり)多いこの僕に…フフフ、しかし女にこの男の凄さが理解出来るのだろうかキモいの一言で終わる気もする…と、僕が思案しつつ構えていると彼は繰り返した『俺の話を信じるか?』心霊系?モグラ男は首を振る、『物凄かったんだ』何がよ『地底湖があるって話前にしたろ?あの近くの穴はもっと大きな地底湖と繋がってるんだよ、あ、これ見てみろ、地図を描いたから』それは地底の地図だった…あのこれ普通に凄いんじゃね?ナントカ学会とかに教えろよ!地底研究学会みたいなとこに!僕は少年のようにびっくりしていた、タブレット上に映し出されたその地図には勾配や穴の細さ太さに至るまで細密に記されてあり3Dで編集されていた、これをグーグルマップに重ねるとどこの山脈のどこに地底湖があり、また自然窟(穴はこう呼ぶらしい)を通って山と山との間をショートカット可能だったりもするという地球の歩き方ならぬ地底の歩き方がしたためられているのだ!でもこれは地底探索に慣れている人間だからこそ通行可能なのであって不慣れな人間が地底に行くと大抵目をくらまして方角がわからなくなるという、ガスの発生場所や酸素の薄い地点までもが克明に記載されている、穴の直径についても150㎝の人なら通れるかもしれないとか180㎝の人間でも歩行可能などという注意点まで記してあった、そうかあモグラ男は2メートル大だから彼が通れるってことは大抵の人間は物理的にはそこに行けるんだ、地底世界や地底湖に、でも暗い穴の中でどうやって進むんだと聞くと、話の腰を折られたにもかかわらず彼は冷静に答えた、計器飛行みたいに方位磁石と地図、それに歩数計や自分で張ったロープを使って目算しながら行くと律儀に答えた、厳密に言うと計器飛行の意味がわからなかったがなんかすげえ、自然地下世界をこんだけ把握してんの日本でこの変態くらいじゃね?褒め称えたが彼はこれにも首を振った、たった一地帯しかわかってないし自分が一生涯をかけてもそう遠くまでは判らないだろうことは確定してるとやや、うなだれていた、一種の秀才であることは間違いないモグラ男の努力を見て僕は言った、信じるよ、いやほんとすごいから、こんなことのできる人間の事を信じないはずないじゃないか!

 

『ちょっとアレな話になるんだけど…』妙に言いにくそうにしている、もしかしてスピリチュアル的な?天使を見たとかそういう女々しい感じの話だろうか?でもこれだけの奴が言うのならば僕は小ばかにせず信じようかなあ『いや、前々からそうではあったんだけど、俺は山の穴の中に居ると興奮するんだよ』ああそっち系か『オナニーライフ的な』ああはい、僕は思わず微笑んだ、やってたのねやっぱ自然好きを自称する男は野外オナニーするよなあうんうんオカズが土や自然窟ってのがもう凡人には理解不能だけど『で、この地図でいうとここの…この地点ね、地表近くって寒いんだけどここまで潜ると結構熱いんだよ、それでまあ…脱ぐんだよ服を』地底で?『その場所はもう知ってる場所だから脱ぐんだよ、地底湖は入ったら浮かないから入らないけどさ…ライトであたりを照らすとさ、すごい広いんだ、東京ドームくらいありそうな広さなんだ』予想以上の地下空間の広大さに僕はぞっとした、巨大ダムのダム穴画像を見た時と同じ種類の恐怖や嫌悪と何らかの快楽…『東京ドームはよくよく考えたら俺行ったことないわ東京住んでたのに…後楽園ホールか武道館くらいの広さだよプロレス会場くらいの広さだ』えっ…どっち?武道館と後楽園ホールどっちくらいの広さなんだよ実際、っていうか東京ドームとか話ちょっと盛ったろプロレス会場っつっても体育館とかででもやるじゃねえか…途端にモグラ男の書いた地底図が怪しげなモノに見えてきた僕はその考えを振り払った、真っ暗闇の中に広がる広大空間を数値化出来る人間がどれくらい居るだろうか?少なくとも僕には無理だ『その空間にたどり着くとさ、空気が…こう…夜空を素っ裸で見上げた時みたいな気持ちになるんだ、とにかく、凄いんだ、そこにつくと俺はやるんだけど、その時はそういう気分じゃなくて言葉を喋りたくなったんだ』意外と詩的だ『そしたらさあ…歌が聞こえてきたんだよ』こええええ『それが…女…と俺は思ったんだけどどっちかはわからない、性別なんて無いのかもしれない、俺は腰を抜かしてて、なんだけど…気づいたらその影がこっちに来てて…いかされてたんだ』僕は意味不明な展開に息を飲んだ、やはり自然窟に入り込んで酸欠オナニーばっかやってると変な幻想を見るんだなあ、もう行くのやめろよ…とは言えなかった『俺はそれから毎週そこに行って、抜いてもらってるんだ…抱いているとは言えない、物凄い勢いで吸い出されるんだ、スクリューみたいな舌、舌なのかな、でもひょっとするとあれが性器なのかもしれない、それで俺は先週そこへまた行ったんだ、勃起して行かなきゃならないから抜くのも控えて』溜めてったのか『…なあ、お前も来てくれないか』

 

そんなわけのわからんオナニーもどきを観にわざわざ行くわけ無いだろと一喝出来ればよかったのに僕は非常に気になってしまった、忘れていた青春時代…もとい、別に忘れても特段何の問題もない青春時代をそれでも完結させたかったからだろうか?その日はまるで仕組まれたかのように空いており、僕らは久しぶりに車に乗って山中へ向かった、道の駅も相変わらずそこにあった、青空の下で僕らは腹ごしらえをし、二日間かけて穴に潜るという計画を立てた…モグラ男によると緊急用酸素ボンベをつけていれば万一の時にも地上に戻れるとのことだったしそのルートは終始立って歩いて行ける初心者向けの穴場であるという話だった、立って歩いて広大な地底湖まで行けるらしい…モグラ男の僕への頼みというのは他でもない、自分が一体何者と和合しているのかを知りたいということだった、もしかしたらお前も犯されるかもしれないという彼の言葉を聞いてやっと事の重大さを感じたのは眼前にぽっかり…というより濁音を付けて「ぼっかり」と言った方が正しい気がするほどに大きく口を開けた自然窟の前に来た時であった、時すでに遅し、モグラ男は山中にも関わらずダイビングスーツという相変わらずの素っ頓狂な恰好、靴だけは登山靴だったが…道の駅でも彼は上に羽織った服を暑いからと脱いでいたので筋骨隆々たる肉体にジャストフィットし過ぎの宇宙服めいたゴム製スーツを見てその店に務めていたと思しきご老人が「あんたは何しに来た?ここいらに水辺はないぞ」と優しく…しかし心底訝しんで訪ねてきたのだった、恥ずかしかったなあー…僕は登山用の服で身を固めていざ向かうはモグラ男以外前人未到の地下世界、ああこういうことで死んで行方知れずになって7年経過して死亡届出されるパターン結構あんだろうなあという不穏な思いが脳裏をよぎる、年間の行方不明者数って数万人単位だった気がする…僕は踏み進んだ、ダムの放水口大の真っ暗な穴、こんなもん一人だったら死んでも入らないだろう死後この穴に投げ込まれるとしても断りたかった、変態モグラ男の懐中電灯がヤコブの光の梯子のように信じられないほど有難いものに感じる、中はひんやりしている、100メートルほども進んだだろうか?振り返ると入口の丸穴は月のように暗闇で一点輝いている、月ってやっぱ異世界との通り道なのではないだろうか目の悪い奴は月に奥行きを感じるらしいが、なんか喋ろうと思って僕はモグラ男に話しかけていた、道の駅に立ってた看板あれ見た時鳥肌立ったわ。

 

『連れてけ窟か』そうそうそれ…道の駅の横に建てられた看板、見渡しの良い最後のスポットでそこから先に進んでしまうともう世界は藪の中、異世界なんだ山ってのは…話を戻そう、連れてけ窟というのは巨大な洞窟の中に迷い人が入り込んでしまうというもので、中に入った迷い人(呼ばれ人とも言うらしい)は誰か地上世界の人間が手を引いてくれない限り土中の暗闇、洞の中を影のように彷徨い続けるという…人体が果たして土中に於いてどこまで耐え得るかを僕はともかく誰も知らない、普通に考えれば数日彷徨ったら死ぬだろうけど地底世界は根の国との狭間だから生命の境を超えずに肉体は留まると伝承では伝えられているようだ、迷い人たちは新たな迷い人を呼んで、それに呼ばれた人間が洞窟だの自然窟だのに入り込んで影と同化すると入れ替わりに、その時同行している誰かに寄り縋って地上へと舞い戻るらしい…同行人が居ないと戻れないというのは半分幽霊みたいな感じがする『昔は神隠しなんて呼ばれていた現象だな、誰かが居なくなると、何十年も昔の人間がふらりと現れて里の人を驚かしたとかな』ああ、でも看板に書いてあった話の奇妙なところは、入れ替わりが完遂してしまうと地上の人、つまり里の人だとかは姿を消した呼ばれ人を忘却し、その代わりに、戻ってきた迷い人を元々居た人のように扱うってところだ、長年土中に居た迷い人は身体の一部が変化しているらしい…これを見抜いたのはさる高名な僧侶だけで、その僧侶が魔よけの護符をここいらの岩石に彫ったらしいが当時は山岳信仰的に罰当たりな行為だったようで結局地元の人に殺されたんだと『それを誰が観測したんだろうな』さあな霊感の鋭い人じゃね?

 

モグラ男は暗闇の中で事も無げに地上時よりもかなり饒舌に喋る、『あの看板通りの事が起こったとすれば、霊感の強い人は直接的には関わらずに外部から様子を見てたんだろうな、でも迷い人の手を引いて行ってしまう奴…霊感ゼロの無自覚な案内人当事者ってのはさ、迷い人だとか呼ばれ人と接触した数だけ、思い出の数が増える現象が起こるってことだよな』は?何?ちょっとわかんねえわ『いや、一瞬で迷い人に感化されちまう奴ってのは…一瞬で、彼らの実在を信じるわけだろ、小さいころからの思い出だとかそういうのを認識するとしたらさ、そしたら無自覚な案内人は、一人を地底にやって一人を地底から地上に連れ出した時に、二人分の記憶が重なってしまうわけだよな、そしたら数十年分の体感を覚えるんだろうな…まあすぐ忘れるんだろうけど』ごめん僕この暗闇で頭をフル回転させられるほど地底人じゃないんだ『時間を本当の意味で客観的に測れる装置は無いってことだよ』ほう?『時間が実在するっていう証明は今のところ出来ないんだ、だからつまり…幾人もの迷い人を地底に送ったり地上に送迎したりしている一番の接触者は、もしかすると数日に一回くらいのペースで色んな奴との思い出を体感してたりする可能性があるってことだ』ええ?『だってそうだろ誰が誰だか本当の意味で観測不能だっていう話だろ連れてけ窟ってのは、連れてった奴の思う旧知の仲ってのは、単にそいつの思い込みなわけだからな…時間観測は今のところ人間の主観的体感だけだ、案内人になる奴は無意識的には…接触した迷い人の数×知っていると感じていた年数分の体感を覚えるはずだ』…というかお前酒入ってるみたいに饒舌だな『俺は下戸だ、それに修行僧が何で体の一部の変化を知ったんだろうな』着眼点が凡人とはちげえ『村人から撲殺されたのは村の女を喰いまくってたからかな』いやあの…撲殺とは一言も書かれてなかったんだがお前は何を見たんだよ心の目で、女とは限らないんじゃないの、ああ両刀みたいな話になってんの?お前の中で、あと僕をやましい目で見るのはやめてくれ見えないけど、セックスを暗に悪扱いするなオナニー狂め『しとらん、迷い人を昔からの知人だと思い込むのはあれか、量子力学的な現象によるものなのかな』ええっとすみませんほんと意味不明です『いや、観測するとその対象が変化するっていう現象があるんだよ』へえ…『誰とどのくらい一緒に過ごしたかなんて誰も証明出来ない、そんなのは全部主観的現象に過ぎないんだ』…僕は地底世界を影となって彷徨う何万人もの人々を想像して震えた、黄泉の国にも行けず天国にも現世にも行けず煉獄で彷徨う霊魂の話を思い出していた、またこうも思った、身体の細胞は実はある程度の年月を経るとそっくり作り替わっているという、だから小さいころに煉獄の話を聞いて泣いたあの時の僕が今の僕であることを本当に物理的に証明することすら出来ない、それと同じように存在そのものの入れ替わり現象を完全には否定できない、何としてでも地底の暗がりから出たいと願った存在が人を如何なる方法にせよ呼び寄せ、また同時に地上に於いて認識してくれる人間に寄り縋って我先にと太陽光溢れる世界へと必死で戻ろうとしている…あー…やべ、ちょっと本気でナーバスになってきた、ちなみに看板の最後にはこう書いてあった、いのちの電話へのご連絡先はこちらです…なあモグラ男よここってやっぱ自殺の名所なんじゃね?それも大昔からの。

 

 『うるせえなあ、第一にここで死体は見なかった、本当に自殺の名所なら骸骨の一つくらい落ちてても不思議はないはずだ』まあ確かに…駄目だ駄目だ、この真っ暗闇の中で話題が暗くなるのは本当にまずい、骸骨なんかを観測しちゃったらついに心のちんこが折れてしまいそうだ、僕は明るい話に切り替えるために心底無意味な質問をした、これも生きるためだ、今まで何個くらいの穴に自身を突っ込んだのかとか、一番良かった穴ってのはどんな穴なのかとかのおそらくこの世で最も非生産的なあれこれをモグラ男に積極的に問うた『一番良かったのは身体に密着するほどに狭い穴だ、あれに挟まりながら抜くのがよかったな…だが…今は適度に土を感じられる方が好きだ、あれが良かったのは酸欠気味になるからだ、苦しいのが気持ち良かったんだな、それに見つけたばかりの誰も入ってないと思われる穴もすごくよかった』処女信仰気味の変態男はそう言うと陰気に笑った、その笑い声は暗い穴の中を木霊してひょっとして僕らはもう死んでるんじゃないかと思わせるほど異様なものだった、彼が振り向くとヘルメットの光がまぶしすぎて彼自身が影と化して全く見えないのもまた恐ろしさに拍車をかけた『大丈夫か』かなり怖いかも僕って意気地なしだなあ『じき慣れる、ほら』そう言って彼は何かをくれたが全く見えなかった『黒砂糖だ』そう言われて口に含んだがさして甘くもない、土みたいな気さえする…どらくらい進んだだろうか、モグラ男がぱんっと手を叩いた、音が妙に木霊した、『着いたぞ』あの世に?と聞きたくなるほどに長時間歩いた気がする、『飯でも食うか』山に居ると異様に腹が減るが何なんだほんと、一緒におにぎりを頬張っていたら唐突に目が慣れた、この現象について何て言って説明したらいいかわからないが僕は隣のモグラ男を見た、認識不能可視光線がこの穴の中に満ちているのだろうか、彼のデカい図体とぴちぴちのウエットスーツ、そしてその向こうに広がる青い湖を見た。

 

夜の森の湖…そんな名前をつけたくなるような場所だった、もっとも青いのは数々の穴から漏れる外部からの本当にほのかな光が水に反射している部分だけであった、その周りは暗闇で、小さな宇宙空間が広がっていた、確かにこんな場所だとダイビングスーツを着ていた方がぴったりだ、肌に何かが密着していたほうがより安全な気がする、何に対して安全なのだろうか?空気?真空を連想させる空気が内部に漂っている『ここには酸素がある、こうしてたくさんの穴と繋がってるし鍾乳窟ではないから変なガスもない』そう言いながらモグラ男は身体にぴたっとくっついたその防護服を脱ぎだした、ええお前僕の前でオナニーすんの?それはちょっと勘弁願いたいんだが『来る気配がする』…モグラ男がこう言ってから何分経ったろうか?…あれ?あれれ?おいっモグラ男!!!僕は叫んだ、だが彼の答えは無い、慌ててリュックサックを担ぎなおして自分の懐中電灯であたりを照らす、果てしなく広がる天井…これは本当は空なんじゃないだろうか?光が上部の暗闇に吸い込まれている…その時声がした、男でも女でもない声が確かにした『おーい』僕は反射的に叫んだ、おーい!!!モグラ男、何してんだよ地底湖の水は浮かないから入るなと人には言っておいて自分は泳ぐのかよ、『おーい』おーい!戻って来いよ!!『おーい』おい!いい加減にしろ!ああでもこれこの声、なんか違うような、『おーいおいおい』『おーい』『おおーいおい』…お前何なんだ、何人もいる、でもよく見えない、影のようなものが幾人かいてこっちに手を振ってるのが見える、影なのに?この暗闇で?影が見えるのって何故だろう?逃げたほうがよくないか?ああでも逃げられない、だってあいつを置いてきちゃってるから、あいつは水の中に居るんだまだ浮いてるんだ、でも…僕はこんがらがってきて手探りであいつの分の荷物を掴んだ、その時きゃっと声がして誰かひっくり返るのを感じた、リュックごと引っ張ってしまったがためにあいつ転んじまったのか、ちびだからな、それで僕はこのちびの手を握って一目散に駆け出した、懐中電灯の灯りは幾度も自然窟の壁に衝突しながらも僕らを出口に導いていった、月あかりが大きくなってきて僕らは月の通り道から地上へと出る、目のくらむような一瞬を通過して…ああ!生還した、心配かけんなよお前ほんと、ふざけんなよ水に入ったりして、あれ?こいつはリュックを背負って立っていたんだから水になんか入っちゃいないか、このちび、このちび女。

 

その後、感極まってくんずほぐれつ彼女を犯すように仲良く青姦したのは言うまでもない、こいつは女の割にこういう自然だとか鍾乳洞だとか穴だとかが大好きなんだ穴の好きな女っていうのは潜在的にはレズビアンなんだろうか?いやそんな風に人間を男と女の二区分に分けてしまうのはナンセンスだ、こいつの特徴と言えばフェラチオが妙に上手いってことくらいだ舌が長く何枚あるのかもわからない構造上不可思議な感覚を味わえる、でもそのことについてはあんまり口外しないようにしている、身体構造上の普通と違ってるなんて事はとやかく言うもんじゃないさ、不思議だったのは帰り際、地元の高齢者が立ち止まってしげしげとこのちび女を見つめるんだ、もぐ子よどうしたお前の秘めたる舌技が見抜かれてるぞと内心ほくそ笑んでいたが、話しかけてきた老人は異様なことを語った「あんたさっき道の駅来たねえ?」行きましたけど?さっきっていうか今朝がただと思いますが「そんときのあの男の人はどうした?」はあ?青姦しに山まではるばる来たってのにガタイのいい野郎なんか連れて来る訳ねえだろ僕は至ってノーマルなんだよ、と言う言葉をそのままいうわけにもいかないので首をかしげていると「あの、ダイビングスーツの、こーんな、大男の、彼は一緒じゃないのか?」とご老人、山奥にダイビングスーツ?そしたら妙な事は重なって、それから車で寄ったしなびた旅館、廃墟マニアうってつけの昭和モダンなかび臭い旅館の番頭とも思われるこれまた高齢の翁が、我がもぐ子にいきなり掴みかかって叫び出した、えええボケてんのかじじい、老翁は半狂乱になりながら誰かの女の名前を口にし、母親が死ぬ間際までお前の帰りを待ってただのと喚き散らした、でもさあ人の顔なんてそんなに鮮明に覚えていられるもんなのか?何やら遠い昔に家出したきり戻らない愛娘にそっくりらしい、おいたわしや、だってもぐ子とは若いころからの仲なんだ、色んな女とやったけどこいつが最高だよ、それにしてもこええな山奥に来たらお連れの方は?って定員以上の誰かを示唆されるのって本物のホラーじゃないか。

 

『ちゅってして』道端でキスをせがまれて僕は照れながらもちび女に軽く口づけした、こいつは本当に変態なんだ、土の中に潜ってるときにエクスタシーを感じるという…その割に人体が果たして土中に於いてどこまで耐え得るかを僕はともかくこのちび女…通称もぐ子、こいつ自身も知らなかった、小柄な体格、人懐っこそうな大きな目、贔屓目に見てるとわかってても結構かわいいその顔に似合わず彼女の人生のはじめは暗いものでいつも学友から逃れて花壇の土をいじって遊んでいたという…転機が訪れたのは修学旅行中に誤って鍾乳洞へ落ちたことだった、湿って滑りやすくなっていたそこは地獄を連想させた、僕も一緒にその場にいたからよく覚えている、当時高校生の割に小さな身体が宙を飛び、警告ロープを気付くと超えていて古の防空壕を通り過ぎ根の国へ、そのまま生命の境までもを超えるかと思われたが難なく軽々と救い出された、今となっては愛しいちび女(当時は何とも思って無かった)は小さい体躯をさらに屈めて暗闇の中で静かに至福を感じていたらしい、『私、地上に居るべきじゃない、地中を泳ぎたい…』この意味深発言から彼女のあだ名はモグラ子通称もぐ子となった、かくしてもぐ子は地中を泳ぐ事となったのである、こいつとは若いって自覚のまだ無いくらい若いころから一緒にいる、免許を取ってからはすぐに山に繰り出した、穴と言う穴を制覇したいという謎の座右の銘を完遂させるべく僕もこいつと地底探索をしている、一人で行かせるのは危ないよ女だからな何があるかわからない、変な奴はこいつにすぐ何らかの魅力を感じるらしくつきまとったりする、でもまあ僕も遊んだりしてしまったから離れたりしていた時期も多かったけど…再会してみて思ったね、こいつと居るのがやっぱり楽しいって、もぐ子の作った地底地図は結構すごいよYouTubeか何かでアップしたらかなりいい線いくんじゃないか?彼女にそう言ったが断られた、人前、もとい地上に出るのは嫌な様子だ、こいつは根っからの地底人なんだ、それはそうと青春って短いって世の中の人は言うけど僕はそんなことないと思ってる、案外長いもんだよ若い時期っていうのは、もう若くないなと思うとまた若返った気分になるから不思議だよな人生って、体感としては100年くらい若い時期と30代を繰り返している感じがする、時間って不思議だ、もぐ子レベルで仲のいい奴が居た気もするがこういうのって若い時特有の連帯感を、俺たち仲がいいって勘違いしちゃってるホモソーシャル的幻影だったんだろうか?なんにせよこのちび女と穴の中に入るとすべてがリセットされるんだ、『もっと密着したいの』馬鹿だなあコンドームのCMみたいなこと言いやがって、そんなもぐ子と今度結婚する、これでようやく我が青春に決着がついたのだ、『はいっこれあげるっ』もぐ子に帰り際口に優しく放り込まれたのは一かけらの黒砂糖だった、気が利くなあと喜びつつも妙に懐かしい味がして僕は戸惑った、こんなもん食ったことあるっけ?パッケージにも懐かしい味って書いてあるけど…それどころじゃなくて胸が締め付けられるような気がする、あっもしかしてこれがマリッジブルーってやつか?男にもあるのかあ…暮れなずむ夕日の中、高速道路を走行中のバックミラー越しに遠ざかってく山影がどういうわけだかたった一瞬、闇の中に蹲る大男のシルエットに見えた。