創作文章 獏の骨 

散文、詩、日常独白雑想

(現実のはなし)賞賛と嘲笑の同一性



世界中が疫病に侵されている今…厳密に言うと世界中の主に人間だけが疫病に侵されている今、今だからこそ年明け早々暴言を吐かれたんだろうかと考えている、いつの世も頭と口が妙に連結していて感じたことを瞬殺で口にしてしまう奴は居るし、いつの世もいつの時代もこういた虐げ?はあるんだけれども人間の奇妙なところは同一を好む性質があるということだ。

 

ちょっと話は逸れるんだけど庭や畑も自然破壊の第一歩、同じ種の同じ成長度合いのだけを植えてしまい、庭としては確かに美しく整列されているんだがこれっておかしいよなあ…と感じる時が多々あって、雑草なども今までは頑張って抜いてたんだけど去年あたりから敢えてちょっと生やしてみたのです、そうすると庭木が強くなったんですよ!秋ごろには日本の気候に合わない樹木の元気が落ちて来て三月くらいまで赤茶けていたんだけど去年から雑草と生きよう作戦を始めて、今、未だに緑々しい、みどりみどりしている…まあこの手の常緑崇拝も禁忌だなと感じているので、枯れても蘇るなら元気なくてもいいんだけどね、肥料は年に一度穴を掘って木の横に堆肥(完全に熟成した無臭の)と油粕を入れているのみ、何が言いたいかというと学校とか職場ってのは基本的に五体満足の同一年齢の人たちが集っているのでそもそも…刺激が少なすぎて弱くなりやすい、弱くなりやすいのは生き物にとって非常に強いフラストレーションとなるのではみ出した人を叩きやすい、そして終わらない緊急事態、最早緊急事態の方が日常となりつつある緊急事態が続いて、共産圏並みに刺激の減った日常を送る上でやっぱり強い無力感を覚え、だからまあ普通と違う人で、尚且つ普通と違う行為をしている人である私に暴言を吐いたのかなと思う、人類規模の超俯瞰的な視点に於いてのみ、やられる側にもやる側にも原因(要因)があるとは思うが、数値ゲームで動いている社会に於いて経済政策が曖昧なまま人間を隔離するような日々が続くとさあ…いつも以上にいじめ思考やジェノサイド的思考に至りやすくなるんじゃないの?というかこれ、いずれ道歩いてただけでぶん殴られたりするんじゃないの、きつい言い方だけど一見して平均値以下の人(私)。

 

とはいってもいつでも、あるけれどね、暴言を吐かれるなんてことはあるのだけれど。

 

美醜は同一だなと感じている、幾度も書いてる昔話で申し訳ないけれども子供時代は常にアトピー、若いころから30までの私は非常に酷いニキビ症だった、30までってことはホルモン値がおかしいのかと言いたくなるが婦人科等で測っても特段おかしいところは無く、ピルを飲もうが飲むまいがほとんど改善無し、個人研究の結果ビタミン分解酵素が足りないという結論に至ったためアマゾンでビタミン系のアメリカでしか販売されていないビタミンB系列の何かさらに細かい区分のものを買って多少ましになったが、それまではあったよ、道歩いてて「今のかわいそうじゃね?」とか、若い男女に哀れまれるレベル、とある職場でのあだ名は「プロアクティブ」…「おい、プロアクティブ―!」と呼ばれたらもちろん笑って返事しますよええ、しかも元気に「何すか!」って返事しますよこれ元気にやらないと駄目なやつじゃんか、私暗いからそういうの無理とか言ってられませんよ、こういうやり取りをね普通に笑って受け流せないとさ、そもそも、食ってけないじゃないですか、美人かブスかとかオシャレかそうでないかとかそういうレベルで生きてない感じがずっと私にはあって、痛くなく痒くなく過ごせることをずっと夢想していた、それと同時にすっごく違和感を覚えたのが嘲笑と賞賛の類似性、これを言うと厭味ったらしく聞こえるかもしれないが体験談なので言う、私はこの「嘲笑される」顔面を生きてきた半面…この顔を賞賛した人も結構居たということ、私の言うニキビ症というのは本当に重度のアレで、正確に言えば当時の自分レベルで酷い人をたった一人しか見たことが無いんだけど、本当にたまにこのニキビが引くときがあって、かなり軽度に落ち着く場合があった、そうなると嘲笑が一転して賞賛に変わるのね、特に女性、私も女なんだけどこの手のひら返しはほんと意味が分からなくて未だに女と分かり合える気がしない、綺麗ですねえ!って目をキラキラさせて言ってきた数か月後に私の肌がまたマグマみたいになると本当に素で避けやがるし、可哀そうですね…とか、はたまたもっと貶すようなこと言うからなあ、でもこれで思い知ったんですよ、蔑むことと賞賛はほとんど同一の心理が働いているのではないか?ってね、見た目に関する賞賛や嘲笑は特に。

 

今は三十後半まで歳を喰ったせいもあってか不可思議なほどニキビは出ていないし、肌で悩んだ人だとは誰もわからないだろう…と褒められるたびに思う、褒められる現象は一見ラッキーで幸福とも取れるけれどもここに真実は無く、他人の見た目や身体を誉めそやす事や嘲る事の類似性を体感している身としてはとても微妙な気持ちを感じている、褒める行為は良いと思うが…それを受ける側の心構えとしては賞賛と嘲りは単なるひとつの現象であるので、そのどちらがやってきてもこれに感じ入らないようにと自分を注視している。

 

見た目が良くなれば賞賛され、見た目が悪くなればこき下ろされる、これを安直に見た目が全て、等と言ってしまうにはあまりにも危ない、殊にこんな風に人類全体が閉塞感を感じている時は特に注意しないといけない。

 

何故か苛々するって時は私にもあって、個人の体調には全く関係の無いところからの苛々で、何なんだと思って仕方なしにニュースを見るとまた緊急事態が始まってたりトランプ狂信徒が会議に乱入して故意ではないにせよ人をぶっ殺したりしてた時だったりするんですよ、白人世界の空気なんて私には関係ねえよと思っていてもどうしたって、同じ地球の空気を吸ってる以上感情的な影響を受けてしまうのです、それによくよく考えてみるとわからんでもないんですよ、もし日本でこれからどんどん外国人や子持ち共ばかりが優遇されて、生まれた時から団地育ちみたいな人々が日本国籍を持ちながらもわきに追いやられた挙句、それは君らが努力しなかったんでしょーとかいう正論(それでいて生まれた時点の豊かさ自体が違い過ぎる)を振りかざされて、ほとんど恩恵を受けられなくなった世代や低所得の人たちがずっと、我慢に我慢を重ねていた場合、まさにこの層に微笑んで、日の丸という…まあこれしか共通アイデンティティって無いと思うのでこういう有難い?物を大いなる神風にはためかせてくれるリーダーが出てきたとしたらさ、コロッとその人を崇めてしまいたくなるもんなんじゃないのかな、私はわかるなあ、あ、理解は出来るってことですよ賛同はしていませんし日の丸を掲げた和製トランプが出て来ても実際には辟易する方だと思う、何でか私は…あんまり人間自体に感嘆したりあるいは嫌悪したりしたことが無いのでね、好きな芸能人という問い自体の意味がわからない、天皇についても無くなれとは思わないし文化継承の意味は大いにあるとは思うが抜きんでて有難いとはどうしても体感出来ないのだ…だって人間の有難みっていうのは…割とみんなに宿ってるよね?と体感する事が多々あるからねこんな性格だけど、刑務所とかでも感動することってあると思うなあ、滅多に無さそうだし出来れば入りたくないが…話を戻そう、人間って追いつめられたり閉塞感を全体的に感じると平均値以上だと思った個人を崇め、平均値以下だと感じた人を叩きのめしたくなる生き物なのではないかということだ、感嘆と嫌悪は似ている、美醜は同一で、賞賛と嘲笑もまた同一。

 

私自身も個人由来の感覚ではなくて苛々したり落ち込んだり高揚したりすることがあるのでこれは他人事として言ってるわけではない、道で怒鳴られてからなんだか気力が落ちてしまって、しかもそれが現在の正義であるような感じをすごく受けてすっかり心のちんぽが折れた状態だ、勃起不全て辛いもんだなあ、全然馬鹿にしているわけじゃなくて色欲というものはやっぱりどこか人類全体の調和と関連しているものなのかもしれないと感じたのです、じゃあ痴漢とか今すぐ不能になれよと誰もが念じているだろうがならないのは何故だろう、知能の低い奴が性欲持て余してるのは何故?どんなに綺麗ごとを言ってもこの返品不可の股関節もまた遺伝します、奇形は遺伝します、これ本当にきれいごとを言うつもりは毛頭ないからね、ですが思うのですよ、普段から平均値を生きて維持していることに誇りと、そこからはみ出さないようにと気を配っている事への閉塞感を感じている方々だったからこそ…特定個人を賞賛したりまたは叩いたりしがちなのではないか?人類という種から見れば病的遺伝子や脆弱性を持っていない人の感じているプレッシャーってどんなものなんだろう?どれくらいのもんなんだろうってことをちょっと考えさせられたのだ…庭木のように均一に生きてきた人たち、枯れずにやってきた人たち、庭木だったら自然にやってくる雑草の種子をただ生やしとけばそれなりに生命力を取り戻せるけど平均値を生きてこれた人の持つ閉塞感ってどうやって取り除けばいいんだろう?…だからといって甘んじて暴言を受けるとか、そんな皆さまのサンドバッグになりますとは思っていないがそれでもちょっとね…プロアクティブとか言われるくらいなら自殺したほうがマシって女性は沢山いるでしょ?そういう人の生きてる日常ってかなりストレスフルなんじゃないかと改めて思ったのです、で、このストレスフルな状態にさらに経済政策がほぼ無いといっても過言ではない対策がとられ…そりゃあ女性の自殺率上がるよなあ、それでもって収入が減った野郎共は苛々してることだろうよ、リモートワークとかの可能な職種につけるほどの頭脳の人はさ、疫病対策しろって簡単に言うけど、それって頭脳の平均値以上の人たち限定の思考回路だよね?と思わざるを得ないのです…思考世界に於いてこの事を単に、いろんな価値観が必要!とか言ってしまうのは簡単だが実際には肌が病気か否かでほとんど完全に特定個人に対する評価が真逆になるほどに…平均値を生きてこれた人というのはそれこそを、普通であることを生きたいと願っているのだと思う、なりたい自分だと思える他人を見たならば感じたままに褒め、ああはなりたくないと思えばそれが病気や体質で本人の自由意志とは違う物事であっても叩いたり貶したりしてしまうくらいに、平均値をある意味では頑張って生きてきたのだと思う、規則正しく植えられた庭木のような人たちが簡単に、雑草を許しはしないだろうと思う、そしてもちろんこの庭木は私自身でさえあるのだ。

 

疫病騒ぎに於ける不安感に対して私個人に出来ることと言うのが無いのもまた悲しい、外食という概念が消え、さっさと食べられて安価な食べ物を詰め込んだ我が同胞たちが腹立ちまぎれに捨ててゆく松屋だとかコンビニ弁当だとかのゴミがこれから増えるのだろうし、せいぜいその処理をして、暴言を吐かれてもやり返さないくらいしか、世界を調整する術の無いのを我ながら悔しく思っているところだ。