創作文章 獏の骨 

散文、詩、日常独白雑想

【散文詩】宇宙の小川を進むことをやめてはいけない

 

 

夜の川は宇宙をそのままに湛えたオニキスの黒、昼は空を反射してラピスラズリの青、けれどもいざこの川に入るとそこには水晶の透明さがあるのです、宇宙をそのまま湛えた黒い川には入ることは出来ないけれども、幾年も前の夏から入っていた真昼の青い川には今でも入ることが出来ます、足を濡らしてはいけないよ、冬の川は君の体が冷えるからと言ってくれる人もありますが、勘違いしているのです、私を、守るべきものだと勘違いしているのです。

 

おいでおいでこっちこっち、そうやって捕まえるのは誰かが投げ捨てたポリ袋です、私がとんでもない自己犠牲心の持ち主であると勘違いされる方が非常に多いのですが事情は少し異なっています、痛みに耐える日常というものは、棺桶に入って過ごす時間に相違ないのです、私は今の自分の体に出来うる限りの可動域を維持すべく、川に捨てられたゴミを取るのです、川の水は案外に柔らかく生き物のように笑っています、オニキスの黒、真昼のラピスラズリの青、入ってしまえば水晶、なんて美しい命の水なのでしょうか、膝のあたりまでならば急な流れでも杖で踏ん張れるのです、そうです、命を懸けるに値する瞬間瞬間の連続、それが生きているという事なのだと私は思うのです。

 

恥ずかしながらこのように美しいものを守るという独善に浸っているのが、私なのです、そのために可動域を最大値に設定して動かねばならない事情があるのです、杖はこのようなときに非常に便利で、これを使い出してからは激痛で出先のベンチに腰かけて休むなどと言うことはなくなりました、杖とは、歩けるけれども不自由を感じる者が使う一種の活力剤に他ならないのです、これは自分を守るものであり進んでゆく、小船の櫂のようなものです、身体とは宇宙の小川を進む小さな船なのです。

 

私は不思議とゴミを汚いと思いません、いえ、不要なものだとは心底思っているのです、オニキスの黒にもラピスラズリの青にも水晶にもゴミは不似合いです、投げ捨てられたゴミ袋は川の水を含んでとんでもない重さになっていることがしばしばあります、袋を解いて中身を見るとありふれた下らないものばかりです、誰もが使ったり食べたりするありふれたものです、だとしたらこれを捨てた人もありふれた人なのです、だからこのようなことをする人間に怒りを感じるかと言ったら否です、この人らをいくら叩いても状況は変化するどころか悪化するでしょう、ポイ捨てゴミとは、人間全体の感情の歪みであると私は強く感じています、善人や悪人が全く連鎖せずに存在出来るはずが無いのです、この世というものを個々人を称えたり貶したりする人間社会だけだと思わせる何かこそが、人間全体の認知の歪みそのものです、この歪みを是正したいと私は強く希います、どうか私にその手伝いをさせて下さい。

 

どうかどうか…私は川の水から上がって足踏みを幾度かします、水は優しく地面に吸い込まれ、もうオニキスの黒でもラピスラズリの青でも水晶の透明でもなくなり、灰色のしみとなって渇いてゆきます、死んだ水は微笑みもしません、起き上がる時、階段を上がる時、座っている姿勢を正すとき、落ちている物を拾う時、小さな雷が私の内部に発生します、どうか私に最大値の可動域を維持させて下さい、全ては訓練なのです、このまま引きこもったとしたらどうなるでしょう?ゴミなんていくらでも拾います、私は動いていたいだけなのです、たぶんはた目には私の体はあまり動かさない方がいいように見えるでしょうが本当は逆なのです、真逆なのです、身体が弱ければ弱いほど、あくまでも本人自身の比率としては、負荷をかけないとならないのです、その分だけ強くならないと生きていられないのです、だからゴミを捨てる人にも言いたいのです、負けてはならないと、宇宙の小川を進むことをやめてはいけないと、強く強く言いたいのです、あなた方がゴミを投げ捨てるその時の川の色はきっと、宇宙を湛えたオニキスの黒でしょう、ラピスラズリの青い川も微笑んであなたを許しているのです、全てを内包する水晶の宇宙は、本当はすべて許しているのですと強く言いたいのです。