創作文章 獏の骨 

散文、詩、日常独白雑想

ゴミと放火


ゴミ拾いをしていてその効力(?)を感じるのは放火関連のゴミが目に見えて減少することだ、放火関連のゴミってなんだよと思うかもしれないが放火目的とおぼしきブツが落ちていたりする事は以前結構あった、川辺に投げ捨てられた古着とライターとチャッカマン…その古着というのもたぶん古着回収の日に出されたものだ、「古着」と善良な市民が明記した袋詰めの衣類をまるまる盗んで、そしてライターで炙ったと見られる、オイルをぶっかけるという手法については思いつかなかったのか、あるいは下手をしたら自分自身が人身御供となって丸焼けになりかねないという危機管理能力が働いたからかはわからないが、発火性の高いものを投入するということをしなかったせいか、現場に残っていたのは燃やしかけて燃えなかったがためにそのまま捨てられた「古着」の袋からはみ出した衣類とライター、チャッカマンだけであった。

 

ゴミ拾いがまだ月に一二度とか、週一とかだった時にはこういったゴミはままあった、段ボールを燃やしてそのままにしたと思われる黒化した段ボール片の残骸とかが結構落ちていた、燃やした後だなという気配は残るもので、放火という認識でやっているというよりかはなるべく人の害にならない場所で火を焚いてみたかったという残留意識も感じ取れる、というのも民家のそばとかではなく川辺や大きな公園のそばとかだったりするのだ、でも実際に大きな公園で芝生が燃やされたりすることもあったので火遊びに関しては人が居なくても無害な被害とは言い難い、土の状態も変化してしまうし川の生き物にもあまりいい影響は無いだろう、そして何より、一度燃やされた場所というのは何故だか場末みたいな空気になってしまう、場末ならまだしも「汚れて」いるような感覚が生じてしまう、この感覚は人間だけでなく他の生き物も感じているであろうことは…そういった火災現場近辺で鳥や亀といった生き物を一切見かけないことからも察せられる。

 

ゴミの質の悪さで言えば、ペットボトルや缶などの愚にもつかないゴミ→まとめられた段ボール→あからさまに故意の弁当の食い残しや食べ散らかしやバーベキューや花火ゴミ→アダルトVHSからDVD、コンドーム、いきなり転がってるテンガに至ってはこっちを笑わせに来てるとしか思えない、そんなエロ関連→近隣住民の悪意を窺わせる袋入りの犬糞→盗んだと思しき自転車、ガスコンロ(意味不明だが)やパソコンといった大型ゴミ→放火ゴミ…大体こんな順序で、放火ゴミが実質最凶のゴミである、拾う分にはそれこそ単なる燃えるゴミやライターでしかないんだが、危機感を感じるという意味では非常に凶悪さを感じてしまう、ちなみに自転車やガスコンロやパソコンといった大型ゴミや機械ゴミはさすがの私も拾わない、けれどもいつのまにか消えているので誰かが処理してくれているのだと感じている、こうやって悪意と恩寵とが互いを打ち消し合うのでなんとかこの三次元空間は保たれているのではないかと考えてしまう、何か良からぬことをしてもそのあとでそれと真逆な良いことをすればその空間は清められるんじゃないか…だがこの理屈が通らないのが放火なのだ。

 

さて『月刊スチュワーデス』という雑誌が大通りにばら撒かれていたことがあった、おいおいどんな雑誌だよまたエロ関連か~?と思い表紙のCAを一人一人見たがどうにも古い、90年代初頭である、逆に興味が湧いて思わず手に取ってページをめくってみたらびっくり、めちゃくちゃお堅い文字だらけの昔の雑誌だった、表紙を今月のスチュワーデスみたいな感じで凛々しい女性が飾ってるもんだから中身も肌色多めとはいかないまでもそれなりにフェティシズム的欲求を満たすものなのかと一瞬間で夢想したが中身は鉄道ファン並みに生真面目でマニアックな世界だった、表紙だけ見た時は反射的に…ああ~これで抜いてるやつがいたんだなあ…みたいなしょうもない同情めいたストーリー(夕日の差し込む殺風景な畳の部屋で口下手でやせぎすな男がせっせと自慰している等)が展開されたのだが、中身を見て騙された感じがしたので我ながらはっとした、たぶんこの雑誌も古紙回収に出されたもので、それを盗んでわくわくしながら見た人間が居て、けれども中身が文字の羅列や本気すぎる英会話術とかの内容だったもんで、がっかりして大通りに投げ捨てたのではないか…と思い至った、そう、何がいいたいのかというとエロ関連と感じるゴミでも全部が全部、誰かの…まあ、何だ、夢想の上での肉体的妻の役目を担っていたというわけではなくて、そのうちの半分くらいは『ゴミとして正々堂々と出されたもの』を盗んで事に当たろうとしたが取りやめたという、盗まれたゴミであるということだ、ゴミはいくら正直にまとめて出しておいてもそれ自体が盗まれていることも往々にしてある、という話。

 

今時ネットにいつ何時でも接続可能なのだからエロ関連とか新しい肉体妻はいくらでも居るじゃないか、誰もが千人規模のハーレムを持つ偉大なスルタン然としてエロを模索できるじゃないか、この時代にいちいち古紙回収で見かけた雑誌を盗むかねえ…という疑問も湧くが、放火したい奴とか馬鹿みたいに古い雑誌で抜いてみたいという人間が居るのも事実、彼らの気質はたぶん三次元的欲求の強さに焦点が絞られているのだろう、どんなにエロくてもどんなにわくわくしてもそれが画面の中の世界じゃつまらない、そんな人間なのだろうと推察する、どうしても泥遊びをしたい!どうしても虫を捕まえたい!どうしても、どうしても、どうしても、この手で実際にやってみないと満足できない!!!触れないものなんか意味がない!そういった欲求があるのだろう、わかる、すごくよくわかる。

 

実は私もそれ関して思うことがある、私は幼少期、石と水に何らかの驚異を見出していた、水道から水が溢れてくるという現象そのものに強い執着があり、延々と水を出し続けたりして遊んでいた、いや~すみませんでした、といっても公園とかじゃなくて(公園でも水を出していた記憶はあるが出し続けることを控えた記憶もあるので相殺されているはず…)もっぱら、風呂場とか家の洗面所で水を最大限にしてずーっと…何時間も…眺めていたり、風呂場で水と泡が一体になるのが面白くてシャンプー一本を毎日使い切ったりという奇行を繰り返したり、自宅のトイレに限っては水が渦巻きに姿を変えるという現象自体が神秘的で水を流しまくってトイレという個室の安心感も相まってそこにずっと居たりとかをしていた、その流れの一筋一筋が毎回厳密に言うと異なるというのもまた面白く、誕生と消滅を繰り返す宇宙のようでもあり、水の筋が渓谷や広大なものに見える感覚も得られるのでやめられなかった、当然怒られるし繰り返しているわけだから激怒される、この魅惑の水遊びはどういうわけだか大人たちの神経に触るらしいのが察せられ、結局隠れて水を見入るという遊びを3歳くらいから小学校中学年頃までしていた、水の流れと言うのは生命のそれとかなり近い波長をもっていると私は今でも思っていて、川の暗渠に近い場所には、構造上のことはよくわからないがコンクリートで穿たれた壁面から湧き水だか何だかが勢いよく流れていたりするその流れそのものを、人と間違えることが度々ある、人が立ってると思うと水の流れだったりする、私は目が悪いので人の顔とかを見ていないから余計に雰囲気とか波長で感じているのかもしれないが、人という生命体の波長はちょうど直径数十センチの水の流れと酷似している、めちゃくちゃ小さな川の流れや、水の流れそのものと人間は似ている。

 

それと比較すると石とはまさに骨である、だから石は神秘だ、石自体には幼少期ほど固執しなくなったが、今でも祈りの道具に石が使われているものを選んで使っている、石は骨でありその一つ一つに広大な風景が入っているのでそこへ飛んでゆけるのだ…ん?結局水と同じじゃないか?とも思うが…何が言いたいかと言うとつまり、放火ゴミを出す奴らもこういう自然崇拝的な感覚が強いんじゃないかということ、しかもこの欲求は三大欲求でもなんでもないくせに時に三度の飯よりも強烈に私を呼ぶ、大人になってからはだいぶ収まったが今でも普通に川とかを人の集合体みたいに感じているので遠からずだろう、そしてこのやめられないという感じは子供のころのほうが極度であった、手で触ってみないと納得できない!!!とか、見つめていないと一体化出来ないみたいな感覚は子供のころのほうが強烈だった。

 

そこから導き出される答えとは…放火関連の犯人て子供なんじゃないか?ということ、仮に自分の水への欲求が火であったらと思うと本当にぞっとする、エロゴミに関してはちょっと意味不明だし車から投げ捨てたようにも見える時が結構あるので子供の心を持ったオッサンの可能性も否定出来ない、そしてさらに謎なのが、先に述べたゴミの順序でゴミが増えてゆくのだ…つまり、ペットボトルや缶を放置すると弁当食い散らかしの頻度が上がり、それを放置すると…と言う風に連鎖しているように感じている、何もない場所にいきなりガスコンロが投げ捨てられることはあまりない(一回あった)、そして放火ゴミはその前後の大型ゴミや犬糞に関連していると私は感じている、なので袋入り犬糞が近隣に作為的にばら撒かれている場合、かなり放火度が高まっているということになるので、犬糞を袋から出して土に還すか面倒ならそのまま燃えるゴミに出して近隣から犬糞を減らすよりほかない、いやこんなこと考えているのはたぶん日本で10人くらいしかいないような気がするのだが、ポイ捨てゴミに地域感情を見ることが可能であると感じている、水へのわくわくがやめられなかったように火への何かを持っている人間は居る、もう善悪とかじゃなくてそれは在る、だからやめなさいとか言って通じる話でない。

 

今のところ知ったポイ捨てゴミ法則は以下三つ。
・ゴミは放置すると流れのある場所に行く→川→海
・満月近辺はポイ捨てゴミが増える
・犬糞ゴミが増えると放火リスクが上がる

 

これから冬場であるし、放火を阻止する気持ちを高めて、火へのわくわくを相殺しようと考えている…とはいえもちろん私にしか理解出来ない話である、だがゴミ拾いをすると放火が減るという現象自体が生じているので続ける所存である。