創作文章 獏の骨 

散文、詩、日常独白雑想

【短編小説】 元修道女のヴィア・ドロローサ(苦難の道)  ※長いです

 


「マリア様みたい」誓願を経て念願の観想修道会の青いベールをついに被ったとき、目鼻立ちの整ったその女の顔は確かに光り輝いていた、それやら約20年間密かに、聖母のようだと周囲から言われた言葉が修道女を支えていた、マリア様なんておこがましいと思いつつも胸が熱くなった、自分は今修道女になったのだという静かな高揚が修道女を捕らえ続けていた、日々の生活は祈りと労働とで構成されており、修道院の壁の向こう側からは謎に満ちたその実態は案外に体力の要るものだった、毎朝3時半に起床して身支度を整え、4時には会堂の準備までもを終えていなければならない、それから各自黙想してやがて神父がミサを始める、6時までの祈りを終えると今度は聖書の朗読と読書、そして朝食を終えるとすぐ野良仕事や修道院製の菓子やロザリオ作りといった労働に各自勤しむ、一番面倒だと思われていた仕事は事務仕事と電話番である、この仕事の当番になった日は気が重く、まごまごと処理をしては神と遠ざかるのを感じ、その都度小さく祈るのだった、「シスターテレーズ」修道院長に呼ばれてこの修道女は立ち上がり、院長室へと入っていった、息が白くなる季節だというのに建物は節約のために冷え冷えとしていた。

 

昨晩はあまり眠っていなかった、シスターテレーズは修道院内では…後継者がほとんど全く入ってこないか修練期に挫折してゆくがために20年経っても新参者であり続けていた、そのため真夜中に鳴る電話にも日々応答するのが彼女の役目だという空気がすでにあった、テレーズは真夜中の悲痛な呼応に関しては諦めの極致に至っていた、というのも精神的あるいは身体的あるいは金銭的、あるいはそれらすべてに窮した者たちが最後の頼みの綱として修道院に電話をかけてくるということがままあったのだ、その電話に出て神のみ言葉を言ってやったり慰めてやったりするのはいつの時代も若い修道者の役目であり、高齢化したこの修道院に至ってもそれは例外ではなかった、院長室へ入ったテレーズは交代制の野良仕事を終えたばかりであり、そのほかにも自分の業務だけではなく老いて身体の不自由になりつつある他の『姉妹』、つまり他の修道女たちを介助するという役目を担っていた、さすがの彼女も生活も20代であったら祈りで乗り越えられたであろうこれらの肉体的疲労について…そして内心それを全く労われないことへの拭い難い虚無感について…40を過ぎてからは堪えきれないものに変化しているのを自ら悟っていた、そんな彼女は1秒にも満たない間立ったまま寝ていた、居眠りをする修道女を目の前に修道院長はそのベールを手でさっとはたいた、テレーズは顔周りの空気が動いたのを察知して目を開けて恥じ入った、殺風景な部屋の窓からは連なる山々が輝いているのが見えた、遠い遠い世界が瞬いていた、「もうすぐクリスマスですね、シスターテレーズ、あなたには例年どおり子供たちのお世話をしてもらいますよ」

 

老いた姉妹たち、その中でも老いの極致に達したであろう姉妹の食事介助をしながらテレーズは思った、自分が子供というものを現世的な理由もなく何故かとても恐れていること、心底汚いと思っていること、自分には生まれながらに決定的に愛が欠けていることを思い彼女は心ひそかに泣いていた、痴呆症の老修道女は車いすからテレーズを見つめ返して言った「お姉ちゃん何泣いてるの?神様がついてるから大丈夫よ、あたしたちにはみんな神様がついていてくださるんだもの、ねえお姉ちゃん、クリスマス楽しみねえ」テレーズは胸に迫るものを覚えてぐっと息を飲み込んだ、そして精一杯に微笑んで、老いによる心身の虚弱と認知症とを併発させたこの老修道女に食べ物を与えたのだった、人間の本質は変わらない、だとすればどんな人間も恐れる必要などないのではないか…しかしそれが、いわゆる凡俗の指し示すところの祈りと同じような根拠のない夢想であるということを、クリスマス当日に来た孤児院の子供たちによって彼女は思い知らされたのだった。

 

彼らが何を思ってそうしたのかは…彼ら自身にさえも不明だが、クリスマスというものが壊すことの可能な夢であるという謎の闘志を胸に抱いてやってきた子供らは、育児放棄をせざるを得なかった彼ら自身の親の遺伝子を受け継いだが故にか、根源的に世の中を恨んでいる親の思想が幼い肉体に時として暴力の姿を借りて入り込んでいる故にか、あるいはそういった子供に周りの子供さえも影響されてか…皆非常に粗暴であった、全体を指揮していたのは12歳の少年であり、普通の大人の男と変わらないほどの腕力と普通の男以上の統率能力とを兼ね備えていた、「あのさあ俺らは、13歳からは刑罰で裁かれるんだ、今のうちに暴れるしかないんだ、でもさああんたらはすべてを許すためにここにいるんだろ?」彼らは最初の小一時間は天使のように大人しく座しており、それから出された食事を少しだけ食べた、異変が起こったのはミサが始まってからだった、数十人の老修道女と数人の若い…といってもテレーズのようにもう四十を超えた年増や壮年者が聖堂で賛歌を歌っており、子供たちは前方で司祭のすぐそばで漫然と儀式を見つめている風であった、沢山の蝋燭が灯った空間には静謐な空気が満ちているように感じられた、賛美歌と賛美歌との合間の一瞬の静寂…唐突に、かの12歳の少年が十字架を指さして大声を上げて叫んだ、「あ、悪魔だ!!」その場にいた全員が一斉にぎょっとして彼の指さす方、祭壇の十字架を見つめたその時にはもう、あたり一面火の海になっていた、祭壇の目前に立っていた司祭は見る間に火だるまになり床に転げまわった、子供たちは鬨の声をあげてそこらじゅうを駆け回ったがすぐに年端もゆかぬ数人は事態におののいて泣き出し、その子らを連れて10歳前後の子供たちは素早く聖堂を駆け出していた、すべてがあらかじめ計画されている軍事演習であるかのように彼らは見事に連携し、クリスマスをぶち壊すという子供特有の夢をある意味子供らしい方法で実現させていた、テレーズは消火器の場所を思い出し、納戸からそれを持ってくると祭壇にぶちまけたが何かが自分の身体をまさぐっているのに気が付いて振り向くと件の12歳のオオカミ少年がにやりと笑って体を寄せているのをはたと見た、少年は何の前触れもなくいきなり修道女の乳房をつかんだ、最早大人の男の手であるその力強さにテレーズは思わず悲鳴をあげた、だが少年は火事場泥棒並みの猛々しい大胆さで尚も胸を揉みしだいて言うのだった「やらせろよ婆、まあこの中ではあんたが一番だよ」、全身に悪寒を感じてテレジアは叫んだ「火を消すのを手伝って!」絶叫しつつ少年を制して言ったが頑丈な彼は動かず、おびえる彼女を見つめて殊更楽し気に笑い、さらに顔を近づけてきた、ほとんど野生そのものの生理的な憎悪反射でテレジアは全身全霊の力を込め、一心に少年を突き飛ばすと燃え盛る祭壇を後に他の姉妹たちの救出へ向かった、赤々と燃える地獄の炎の中で十字架の影が左右に揺らめき、掲げられたイエスキリスト像の頭部からは血が滲んでいた、聖母マリア像の頬は煤で真っ黒になり、そこを一筋の涙の跡だけが白く浮いて光っていた、この神秘についての目撃者は炎に飲まれた司祭ただ一人であった、かのオオカミ少年が発火物を祭壇の蝋燭めがけてぶちまけたことを知ったのはその翌日であった。

 

12歳のオオカミ少年の話では突然の火事に怖くなって思わず修道女にしがみついたが思いっきり突き飛ばされた上に自分も火傷を負ったということだった、そうでなくとも今回のクリスマスを取り仕切る係であったのはシスターテレーズ本人であったため、この火の惨事も必然的に彼女の不始末という雰囲気が漂った、イエスキリストの花嫁たる証であるベールを頑なに脱がなかったがために顔を負傷した姉妹すら居た、姉妹たちは苦しみのカルワリオへの道を今まさに上っている渦中であり、しかも元来が罪の許しと敵を愛する神秘とを求めてこの場所に勇んで来た女たちであった、それゆえ表面上はテレーズの罪は許されていたが彼女が子供を突き飛ばした件については誰もが口を閉ざしていた、物事の移り変わりの中でも外部からの干渉の少ないこの定住型観想修道院の中で、クリスマスと言えばこの惨事をこれから下手すると向こう一生思い出すであろうことは容易に想像が出来た、燃え上がるイエスキリストと聖母マリアに見守られた司祭は大やけどにより、神秘について一言も発することなくあえなく死亡した。

 

「子供たちとの交わりが苦手なのは前々から気付いていましたよシスターテレーズ」修道院長の火傷は幸いにも軽傷で済んでいた、修道院長は包帯を巻いた自分の腕を見て言った「火傷自体はどうせこの世の体のことです、どの道私とてまっすぐには天国へは行けないでしょうから、煉獄では骨まで焼かれる予定ですよ、それについてはあなたに責任はありませんよシスターテレーズ、けれど」テレーズは目を伏せていた、自身はあの火災現場を駆け回っていたにも関わらず無傷であったし、司祭の死によっていよいよクリスマスの惨事は殺人へと発展したように見えた、この殺人を忘れるという事は…到底無理な話であるのを彼女も重々承知であったし、元を正せば確かにオオカミ少年を火の海に突き飛ばしたのも事実であり、孤児院との交流の時にもっと積極的に子供たちの中に入って相互に交わることをしていれば…子供の子供じみた野望を察知して、事を未然に防げたかもしれなかった、さらに言えばそのような交わりの時に子供らが本当は何を求めているのかを掬ってやり、正常な意味での慈しみを与えてやることは根本的に全修道女に義務付けられているようでもあった、口が裂けても「…あのオオカミ少年が解釈するところの交わりというのが肉体的交わりであったので身を守る反応として突き飛ばさざるを得なかったのです」等とは言えようはずもなかった、この件に関する内情を思うと自分こそが気狂い女の色情魔であるような気すらしてテレーズはさらに深く黙り込んだ、修道院長は身を正して向き直った、開け放った窓からは北風が臆することなく入り込んできていた、「あの少年を突き飛ばしたことに関して、あなたが黙っている限り私でさえ弁明のしようがありません、観想と自給自足の労働が主な私たちの任務ですが、孤児院の子供たちとの交流は年に数回あります、それらをあなたに任せてきたのはあなたの弱点を克服すべきだと私が判断したからですよ、シスターテレーズ、子供との交わりを楽しみにしている他の姉妹のなかにはあなたの役目を羨んだり、悔しがったりしている者さえも居たのですよ」

 

幼きイエスの聖テレーズ…別名リジューのテレジア、微笑むその聖女の挿絵は小さな額に入っており、修室の窓のそばにそっと飾られ、いつもシスターテレーズを見守っていた、自分の修道名をテレーズにしてほしいとそれとなく司祭たちに伝えたのは彼女がこの、子供や弱い者の守護聖人である聖女を崇敬していたからだった、自分も聖女の言うような「世界で最も小さなもののために自分自身をもっともへりくだらせ、愛の奉仕をする」事を目標に掲げていた、夢想のなかでいつもシスターテレーズは愛に燃えていた、祈りの中でも彼女は内心で叫ぶのだった「もっともっと愛させてください!愛こそが私の天職と言えるほどに愛させてください!」しかしそれが叶うのは心の中でだけだった、これまで精一杯やってきたつもりだった、情緒不安定者からかかってくる終わりのない真夜中の電話にも日々応答出来たのは、いつもかの聖女が心の中で彼女に向かって微笑み、世界の中で最も虐げられた人の目線に寄り添うことを内的真理に於いて静かに教えてくれるからだった、介助が必要な老いた姉妹に対していつも優しく接することが出来るのも彼女に内在する聖女がその都度へりくだることの重要性を説くからだった、睡眠時間が足りなくてしんどくても幼きイエスの聖テレーズ…リジューのテレジアが耐え忍んだであろう病苦の時期を思えば何とかなった、それが祈りの生活というもので、このシスターテレーズという修道女が20年耐え忍んだ変化のない新参者の役割にさえも、観想修道院という平和の塀の内側で最もみじめで弱い立場をやり遂げることこそが幼きイエスを抱きしめる行為に比類する行為であり、テレーズという名にふさわしい彼女だけの十字架を担う方法であるかのようにも思えていたのだった、涙で濡れた頬のままテレーズはベッドに腰かけ、最早内在神に等しいその聖女に問うていた、私はどうしたらいいでしょうか?愛の足りない私はどうしたらいいでしょうか?私は本当に召命されていたのでしょうか?…その時窓辺に飾っていた聖女の小さな額が何の音も発せずにひとりでに床に落ち、挿絵を守っていたガラスの膜が割れて周囲に飛び散った、その瞬間にテレーズは自分の修道名と召命のすべてが失われ、祈りの時間の終わりが来たことを悟った、砕け散ったガラスの向こう側の尊き聖女の微笑みは凡俗と化した彼女には氷のように冷たいものに見えた、これ以上の精神的精進はもう不可能ですとかの聖女に暗に宣告されるのを感じ、修道女は大人しく修道服を脱ぎ捨て、20年間親しんだ名前すらも、恭しく天に返したのだった。

 

暗い出立の朝に偶然すれ違った認知症の老修道女が騒いだ「お姉ちゃんどこ行くの?行っちゃやだ!行かないで!」、その事もあってか、陸の孤島である観想修道院を出て灰色の娑婆世界に降り立ったこの名無しの元修道女はさっそく人を介護する仕事に就いた、世間では職歴に何の経歴もないこの女を訝しんだが修道院に飛び込むほどの一種独特な決断力と底知れぬ体力が彼女に内在していたのも確かで、仕事にはすぐに慣れていった、しかし神を知らぬ世の人々は死に関してはかわいそうなほど無知であるのが彼女を悩ませた、死は恐ろしくないといくら言って聞かせても高齢を極めた老人たちは混乱し、その混乱はすぐに怒りに転じるのだった、毎日食事を投げつけられては胃ろうを取り外せと騒ぐ彼らを相手にするのは…祈りと労働とだけで死というものを喜びだと考えながら数十年を過ごした幼子のような老修道女を相手にするのとは全く勝手が違っていた、いくらその症状が認知症というひとつの枠組みに分類されたとしても、その内情は天と地ほどかけ離れたものであった、老修道女が死を天だと解釈して幸福のただ中で混濁しその分だけ周囲の人に臆することなく甘えていた一方で、現世の後期高齢者認知症患者たちは皆生気を奪われ、人生の虚無を嘆き、早く殺してくれと死や無力さを心の内で忌み嫌うがゆえに喚き、混濁状態で目の前の相手に甘えてしまった一秒前の自分自身を…時折訪れる記憶の混乱と正気との狭間で極度に恥じ入り、結果的にその恥辱を怒りとして周囲に跳ね返すのだった…元修道女は自問した、これは本当に彼らのためになっていることなのでしょうか?私は働こうと思ってここへ来ましたが彼らにとっての本当の愛というのは無理矢理に食事をさせられることなのでしょうか?世話をされて生ける屍として生きながらえさせるこの行為は、本当に愛なのでしょうか?彼女の内側の聖女テレーズは答えなかった、元修道女は職を変え、掃除婦になった。

 

女になら誰にでも内在する快楽について修道女時代にもそうであったように、この元修道女も秘密裏に身体的快楽を覚えることがあった、お許しくださいと言うべきか恥じ入るべきか彼女自身にさえ判断がつかなかったが幸いにも、この時代に司祭へその種のことを告解するという義務は修道女たちには無かったため、肉体の秘密は守られた、夢想の中で彼女はいつも聖母マリアに抱かれていた、誤解を避けるために断っておくと、性的愉悦を覚えるために夢想していたのではなくむしろその逆で、なるべく祈りに近い形で、たまに沸き起こる身体的快楽を発散させようと彼女なりに努力していたのであった、元修道女は目を瞑ってぎゅっと陰部に力を込め、大きな暖かい何かに抱かれているのを想像した、そこには一切の暴力が無くすべてが母親の胎内世界のようでもあった、その数十秒後にはもう…乳房に触れることもその興奮でぴんと立った乳首をつねることも、陰部そのものを撫でまわすことさえせずに彼女の全身は小さく繰り返し波打つのだった、しかしこの快楽が実際の男女のそれとは比較にならないほど小規模な悦びであることを彼女自身薄々気付いていた、この40過ぎの処女である名無しの元修道女が初恋に落ちたのは掃除婦を始めてからしばらく後、とある歯医者での出来事がきっかけだった。

 

「僕の母親も元々は修道女だったんですよ」通い始めた先の歯科医がそんなことをぽつりと漏らしたのは偶然だった、偶然自身の身の上を喋ったときに返って来たこの言葉によって、自分の虫歯や歯垢を見つめる歯科医の瞳の奥に宿る光と、この元修道女との光が合致したように…少なくとも元修道女だけにはそう思えてならなかったのだ、「母親は…僕は詳しくないので詳細はわかりませんが、若いころに修道女をやめて、僕の父親と結婚したってことです」歯科医の指先が歯茎に触れ、元修道女は口をさらに大きく開けた、意図せず唇を抑える歯科医の指先には力が込められ、唇の表面はびりびりと電流が走ったように肉体的な反応しているのを彼女は恥じた、歯科医には既に娘が二人もおり、彼が全く善良な父親であり、さらには自分のことなど患者の…それも虫歯の患者のうちの一人でしかないということを嫌というほど理解はしていた、しかしその形式上の理解と、実際にかの歯科医に優しく触れられる事との間には大きな隔たりがあった、その男に触れられた頬や舌先や口腔のすべてがまるで自身の膣のようにうねり、彼自身を求めているのを元修道女は深く感じながら治療を受け、帰宅するとそのことを心底恥じ入るのだった、お許し下さいと彼女は祈った、祈りながらも身体は震え、夢想の中にも歯科医は現れた、それだけならまだしもいつ何時でも歯科医のことを考え、全ての出来事を彼に話せたらいいのにと年甲斐もなく考えるのをやめることが出来ずにいた、これが恋…40過ぎの彼女にとって初恋というべき男女の神秘の全てであった、掃除婦の仕事の最中でも、客の吐瀉物や使用済みコンドームを処理しているときでさえも元修道女はある意味幸せですらあった、もとより男と実際的に付き合ったり心身を結合させたりする機会が自分には訪れないことを彼女は自分の定めとして受け入れていた、夢想だけですべてを完結させられる報われない強さを、元修道女はその修道生活で身につけていたのだった。

 

変化は静かに訪れていた、初恋のただ中である元修道女の性的夢想にはいつしか一種の暴力的衝動が生じ、好いた男に身体の奥底を貫かれたいと切望するようになり、自慰の夢想の中でひたすらに相手を求め、自らを弄りながら高揚と罪悪の合間を行ったり来たりしていた、今や拭い難い欲望を覚えている事やそれが世間的なタブーに当たることを…達した後の元修道女は裸のままで毎回恥じ、独特に滅入りながらも一人きりの逢瀬を繰り返すのだった…掃除婦としての仕事現場はホテルであった、一応レストランも併設してあり、ディナーには小さな蝋燭の灯ったテーブルでカップルたちが食事したりしていた、無論そこで密会するというイメージをも貪欲になりつつある元修道女は無意識のうちに夢想していた。

 

歯科医に懸想してから数か月が過ぎた頃…なんとそこに件の歯科医とどう見ても妻ではなさそうな一回りも二回りも若い女が仲睦まじく指を絡めて食事しているのを、元修道女は密かに目撃して固まった、滑らかに揺れた自分の乳房も陰部も次第に石のように冷たくなってゆくのを彼女は感じていた、もとより秘めた初恋…それも叶うことを全く想定していない非生産的な初恋であったが目の前でそっと口づけを交わす男女を見るのは神の花嫁(離縁したが…)たるさすがの彼女でさえ少なからず狼狽した、元修道女は祈り、歯科医を思い浮かべて度々自慰をしたことのあるのを今更ながらひどく後悔した、だが歯科治療は終わらずしばらくの間は怨憎会苦と化した面会に内心戸惑うのだった、全く外部の人間社会に干渉しない初恋とその終わりを経験した元修道女の心の内側にかつて住んでいた幼きイエスの聖テレーズ…リジューのテレジアはすっかり影を潜めていた、この40過ぎの元修道女は彼ら男女が使用したであろう部屋をも一人泣きながら清掃した、最早自分が世の中に存在する意味も聖女の言う小さき道ももう理解出来なくなっていた、かといって修道院に居場所は無く、自分は楽園を追放された身であることも重々承知していた…いつのまにか季節は廻り、ホテルには大きなもみの木が備え付けられて祝福の雰囲気に包まれていた、クリスマスが来たのだ、元修道女は内心身震いしていた。

 

言葉では言い表せない非常に嫌な予感が元修道女の頭を離れなず、彼女は道端であれ仕事場のホテルであれ、子供の笑い声に悪魔的な何かを感じ取っていたのでなるべく彼らには接触しないようにと心に決めていた、教会という場所にも後ろめたくて行っていなかった、一般社会の教会というものは言ってしまえば凡俗向けに開かれた場所であり、元修道女などという肩書や中途半端な博学さはそういった宗教的社会に於いてはむしろ厄介者の挫折者を暗に意味した、教会に行ってミサに参加し、聖なるキリスト…汝の敵を愛するその先に燦然と輝く十字架に磔にされたキリストの肉たる聖なるホスチアを口に入れ、自分を変容させるなど、今の彼女にとってはそれこそおこがましい夢のようですらあった、しかしキリストの肉であり魂ですらある聖体を拝領しない日々が続くということは宗教規定的に言えば魂の死を意味した、クリスマス当日にも、かつて聖母マリアのようだと褒めそやされた彼女は客室を清掃して一人ため息をつくのだった、「私の魂はもう死んでしまったのでしょうか…」そんな時に空間を切り裂くベルの音が鳴り響いた、火災警報が作動し、悲鳴があがっていた、来るべきものがやはり来たのだと元修道女は確信し、焼き殺されるのを恐れ、身構えて逃げる準備をした。

 

悪魔の襲来は蝋燭の炎から始まった、その炎に魅せられた子供らが火遊びをしたのが原因でフロアの一区画から火が上がっているとのことだった、運の悪いことには消防団は別件の消火活動にあたっていてなかなか来れそうにもなかった、そうするうちにもどんどん地獄の業火は燃え上がり、元凶である小鬼らを含んで勢いよく成長していた、あっという間に周囲は煙に包まれ、人々は我先にとホテルの外へ出てゆくという事態が数秒のうちに展開された、元修道女も外へ向かおうとしたが唐突に目を見開き、炎の中を見た、驚くべきことにそこにはかの幼きイエスの聖テレーズ…別名リジューのテレジア、かつて20年間ずっとずっと元修道女の内部に存在していたかの聖女が炎で燦然と光輝く燃え盛る十字架を一心に抱きしめ、昂然とこちらを見据えて立っているではないか…!テレーズ!心で叫びながら実際にはあまりの事態に声も出なくなっている元修道女の目の前にさっと小さい道筋が光の帯となって示された、十字架と共に立つこの世ならざる聖女は尚も微笑んでとある方向を指した、その方向には突き当りに部屋があってその部屋の中に子供が二人、蝋燭遊びをしていた張本人たちがうずくまって泣いているのが見てとれた、この光景そのものが聖女の言う『小さき道』であることを元修道女はその瞬間はっきりと理解した、これこそが自分のカルワリオの丘への十字架の道行き、ヴィア・ドロローサ…つまり苦難の道であるのを悟った彼女は素早くさっきまで清掃していた部屋に戻ると無我夢中で清掃制服のままシャワーを浴び、微笑む聖女の指さす方角へと一目散にずぶ濡れで走っていった、伊達に20年もの間祈りと労働に費やした肉体ではないと元修道女は感じていた、これらはつまるところ祈りに於ける肉体労働であり、尚且つ終わらない献身をずっとずっと試されていたのだ、おそらくこのために試されていたのだと彼女は聖女に頷いた、今まで捧げたすべての祈りの時間がロザリオの珠のように連なり、この一瞬に凝縮されているのを彼女は感じ、心で叫んでいた、愛させて下さい、もっともっと愛させてください、愛していないものこそを愛させてください、テレーズ!あなたに倣わせてくださいと元修道女は、部屋に突進するや否や二人の悪童を力いっぱい抱きかかえ、これ以上ないほど強く祈りながら脱出した、聖女がにっこりと微笑んで頷き返したのが視界の隅に小さく見えた。

 

大火災の割には負傷者は少なく、一人の死者も出なかったことはまさに奇跡であった、悪童と悪童の親は自分たちの恩人を識別すらせずに姿を消していた、というのもすべてが煙や焼け焦げた匂いの中でごった返しており、煤だらけで誰が誰だかわからないままに救出をやり遂げた元修道女が息を切らしてホテルの玄関口に到着したとき、抱えられていた子供らは地面に降り立つや否や動物じみた勘で両親の元へ一目散に駆けてゆき、出火元を考えると彼らの仕業であるこの放火がばれるのを恐れてか…これまた親子ともども野生動物並みの素早さで一目散に何処かへ逃げ帰っていったのだった、元修道女は掃除婦仲間に介抱されながらも少し負傷していた、しかしその傷を見て元修道女は言うのだった「火傷自体はどうせこの世の体のことです、どの道私とてまっすぐには天国へは行けないでしょうから、煉獄では骨まで焼かれる予定ですよ、それについてはこの火事自体には何の責任もありませんよ」彼女が何処かの子供を抱えてロビーに降りてきたのを見ていた者もあったがそれについても本人は微笑むばかりであった、しかしその微笑みはまさに、聖母マリアのそれであると誰もが思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ※これは個人の完全な空想小説であり、実際のいかなる団体とも無関係です。

また著者はキリスト系団体に所属したことはありません、よって実際に修道女同士が修道名で呼び交わすのか、儀式やキリスト教概念や宗教施設内での風習などについての知識が曖昧であり、恥ずかしながらほとんど夢想の中で書いたもので間違いなどが沢山あるかとは思いますが、素人の執筆ということで何卒ご容赦下さい。

また、宗教施設や孤児院に否定的な表現を使っていますが創作上の都合でそうさせていただきました、現実ではそのような感情はもっておりません、悪しからず。