創作文章 獏の骨 

自作短編小説、散文、詩、日常独白雑想

【散文詩】縄の民

 

私たち縄の民は森の中に住んでいます、森の入り口には随所に熊の骨を立てて目印にし、魔よけにしています、私たちの住む家は木と木の葉で出来ていて、大抵は腕のいい若者が縄でそれらを組み合わせて編んでくれるのです、家の入口には先祖の骨を埋めて魔よけにしています、先祖はこうやって私たちの現世での生活を守ってくれているのです、とはいっても幼くして死んだ兄弟たちは…家を守るほどに強くもないという理由から森の奥深くに捨てられ、また戻ってくるようにと祈りを捧げます、そうすると翌年には新たな赤ん坊となってふたたび両親の元を訪れるのです、縄で編んだ木の家同様に両親が結び合わさって出来る子供というものを、私たちは未来への船として大切にしています、縄は木の皮を結って束ねたものや蛇の革もありましたがそのどれもが過去から未来への時間の流れや、いくつかの現在が合わさったものという考えを宿していました、つまり私たちにとって縄とは、永遠に続く命の循環や歴史を表す重要なものなのです。

 

このような暮らしがいつから始まったのかを長老が話してくれる時があります、私たちは幾世代も幾世代も昔に海の理想郷を渡って来たそうです、私たちはなぜ理想郷を捨てたのでしょうか?時にいくつかの集落の長が顔を見合わせて話し合いをする機会が設けられたりもします、大抵は満月の晩でした、そんな時には私たちは火を焚いて夜じゅうお話にふけったり、他の集落の人々と踊ったり、密かな楽しみのために森の奥へ赴いたりもします、とはいってもそれは結局のところ長たちにはばれてしまうのですから、取り立て隠し通すようなことでもありません、満月の集まりの時に出来た子供は月の子と言って、その母親の元で普通の兄弟同様に育てられました、私たちは土をこねて母親の体を模し、現世へ帰って来た兄弟が末永く生きるよう祈りを捧げました、女というものは現世とあの世を結ぶ道なのだと言って、その土の像の中には小さな塊を入れ、揺らすと魂の音が鳴るような仕組みにして大切に崇めていました。

 

おかしなことが起こったのはどの地点でのいつのことなのか…この世界に縄の文化が残っていたのならば、私たちは集落に伝わる大繩を取り出し、大繩の一番端が集落の形成された時期であるのならばその縄の結び目がひとつの世代という勘定をし、集落形成から幾世代後のどの現在の地点でその出来事が起こったのかを説明することが出来たでしょう、けれど縄の文化や縄の読み解き方や縄に込められた歴史書の意味が失われた今となってはそれがいつのどの地点のことなのかを表明することは困難です、私たちは、一本の木の皮だけでは何も出来ないことを生まれた時から言い聞かされて育ちます、木の皮や植物の筋を束ね、編み、それをさらに結って出来上がるこの世という世界の成り立ちを聞かされているのです、だから集落ごとに力を合わせるようにと諭されるのです、ある月の無い晩のこと、集落に火が放たれ、何者かが私たちを襲いました、まるで私たちが獣を捕るときのような感覚で彼らは私たちを捕らえ、男は捕らえられた獣のように吊るされ、女たちは森の奥へと連れてゆかれました、それは月のない晩のことですからその時に出来た子供たちを月の子とは呼べず、暗闇の子と私たちは呼びました、暗闇の子たちは急速に増えてゆきました、暗闇の男たちが獣にするように私たちを支配し、私たちが石を使う代わりに彼らはきらきらと光る刃物を持っていました、私たちの嘆きが如何ほどであったか…それを言い表すすべもありません、縄は、刃物によって断ち切られたのです、この世界からは断ち切られたのです。

 

私たちは暴力から生じた暗闇の子らを縄の内側に入れてやる気にはなれませんでしたので、急速に世代同士の対立が生じました、こんなことは私たちには未だかつて無かったことです、私たちは暗闇の男たちに聞きました、どこから来たのかと…すると彼らは何と、理想郷から来たと答えたのです、なぜ理想郷を捨ててわざわざこの森を荒らしに来たのだと長老は言いました、しかしその言葉を発するや否や気付いてしまったのです、私たち縄の民ですら、元々は暗闇の民に過ぎなかったのだということに気付いてしまったのです、それでも暗闇の男たちの振る舞いは酷いものでした、時間の経過とともに現世とあの世を結ぶ女という存在は、男に従属し、傅く役目に変わりました、長老という地位も無くなり、力の強い男が集落と集落の女たちを支配するようになり、体の弱いものや年老いたものは森の奥深くに連れてゆかれました、仲間が集うはずの集落には緊張が満ち、土をこねて作った母親の像はすべて打ち砕かれました、ある日私たちは最後の望みを賭けて、最早縄の集落とは言えなくなった暗闇の集落を後にしました、祭りの夜のことでしたが、笑っているのは暗闇の子供たちと暗闇の男たちだけでした、私たちは集落の片隅に追いやられた長老を背負って逃げました、森の奥深くへと、彼らには識別不能の熊の骨をいくつも超えて神様のところまで来ました、隠していた大きな縄を取り出し、間違いの起こった地点を読み取りました、それが縄のどの部分のどの地点なのか、そして束ねられた一本一本の木の皮のうちのどれなのかを厳密に調べ、神様の前で、他のどの皮にも傷をつけないよう慎重に…その一本だけを手で抜き取り、焼いて灰にしました、もちろんこの世の道を通って元の集落へ戻っても現実は変化しません、しかし肉体を脱ぎ捨てて…すべての縄がそうであるように束ねられた現在がいくつも存在すると理解しているのであれば…別の現在に渡る事が可能なのです、それが縄に込められた真の意味なのです、いくつもの現在が束になっているのがこの世なのだという事が私たちの持つ歴史的思惟であり、英知なのです。

 

私たち縄の民は今でも、森の中に住んでいます。